うつら、うつらと意識が浮かびは沈む。 ぼんやりと瞳を開けると覗きこむ人影が見えた。その人影がきちんとした形になる前に声がでた。 「ちっちゃい兄上…?」 声はかすれている。身体が熱くて、だるい。 ああ、そうだ。自分は風邪をひいて寝込んでいるのだ。 「おはよう、ヴォルフラム。辛くない?」 にこりといつもの笑みを浮かべる存在に安心する。 手ずからかえてくれた湿った布が冷たくて気持ちいい。 「ちっちゃい兄上、いつからここにいるの?」 「んー、いつからだったかな?」 質問ははぐらかされた。そのかわりとばかりに静かに頭を撫でられる。 「風邪、うつっちゃいますよ」 「心配してくれるの? ヴォルフラムは優しいね」 「だって、ちっちゃい兄上が風邪ひいたら悲しいです」 そうだ。自分が治ったときにコンラートが風邪をひいて寝ていたら一緒に遊べないではないか。それに、苦しそうな兄は見たくない。 「俺は丈夫だから平気だよ。それより、ヴォルフの顔を見ていたいんだ」 「でも…」 「さ、もう少しお休み」 言おうとした言葉は優しい手にさえぎられた。柔らかく髪を撫でる感触に意識は遠のき、深く沈んでいく。 うつら、うつらと微睡みの中で懐かしい影を見た。 瞳の中に人影が映る。ぼやけるそれを誰と思う前に、知っていると思った。故に、口は開く。 「ちっちゃい兄上…?」 かすれた声。熱く、だるい身体。 あのときと同じだった。風邪をひいて寝込んでいる自分。 だが、返ってきた反応だけが違った。 「え…?」 間の抜けた声。記憶よりも低い、それは、 「…コンラート?」 はっと、意識が急に覚醒した。 「い、今のは…!」 「おっと」 「うっ…」 がばりと起き上がろうとしたら、目の前がくらりと揺れた。 「急に起き上がるな、ヴォルフラム」 「くそ…」 「大丈夫か?」 「…何故、お前がここにいる?」 問うてみたが答えはなく、ただ肩をすくめられた。 昔からそうだ、こいつは。肝心なことに答えない。 「風邪がうつるぞ。さっさと出ていけ」 「俺は鍛えているから平気だよ」 「なんだと、僕が鍛えてないとでも言うのか?」 「いや、そうじゃなくて…」 「何が平気だ。そう言ってお前はあのときも…」 「あのとき?」 「いや…」 そうだ、あのときも、結局コンラートは風邪をひいて寝込んだのだ。 「お前は昔から変わらず馬鹿だという話だ」 「手厳しいな、ヴォルフは」 「うるさい」 「大丈夫だよ」 「何がだ?」 寝たままコンラートを見上げるとやけに自信ありげな顔をしていた。 「知っているか? 陛下の育った国にはこんな格言があるんだ」 愉快そうに笑って、彼は言った。 「馬鹿は風邪をひかないってね」 「……」 深々とため息をついたがコンラートは笑ったままだった。 「もういい、好きにしろ」 「ああ」 本当にこいつは変わらない。 だが。 もしかしたら自分もそれほど変わらなかったのかもしれない。 何故なら、今、コンラートが髪を撫でてくる手を振り払わずにいるのだから。
おやすみなさい。どうぞ安らかな眠りを。
(10.11.28) |