長い時間


「こんなに長い時間を愛するひとと過ごせるとは思わなかった」

 だから。

 人間という生き物はどんなに長く生きても百年ちょっとだ。長生きできればいいとは思っていたが、それもまあ八十歳くらいまで生きれば御の字か。
 だが、おれが異世界へ飛ばされて出会った魔族たちは八十歳なんて余裕で越えていた。そして、おれもまた魔族であったので、人間に比べればだいぶ緩やかな時間の流れの中で過ごすことになる。その中で愛するひととも長い間ともに過ごすことができた。地球で平凡な人生を送るだろうと考えていた頃を思えば、気が遠くなるような長い時間だ。思いがけない別離に心を痛めたこともあったけれど、一緒に過ごした時間を思えばほんの些細な出来事だったのかもしれない。決して穏やかだったとは言えないが幸せな時間だった。だから、おれはこの幸運を感謝するべきなのだろう。神様も眞王様も信じてはいないので、誰に感謝すればいいのかはわからないが。

 けれど、どんな幸福な時間も永遠には続かない。誰にでも平等に別れは訪れるものなのだ。

 コンラッドが、おれのコンラッドが逝こうとしている。
 あんなに壮健で誰よりも強かったのに今は見る影もない。ベッドの上で横たわる彼は出会った頃より随分小さくなった。
 もう長くないと医者が言った。今夜が峠だと。
 おれもだいぶ歳を取ったけれど、彼はおれよりも長く生きていた分だけもっと老いていた。だから、彼が先に逝くのは当然のことなのだ。魔族の中でも彼は随分長生きをした方だ。こんなに長く生きることができて幸せだったと後に言われるだろう。そして、そんな幸福な彼とずっと過ごしてきたおれもまた幸せなのだ。
 なのに、なんでおれはこんなに悲しいのだろう。生きているのだから死ぬのは当然の摂理とわかっているのに。もう多くの大切な者たちを見送ってきたというのに。
 誰よりも愛した彼を看取らねばならないこの瞬間が、今まで生きてきた中で一番に辛い。

 閉じていた彼の瞼がふと動いた。おれが何度も誉めた美しい銀の星が散った瞳が薄く開かれる。もう見えていないはずのその瞳は、確かにおれを捉えた。彼の口元がかすかに微笑んだような気がした。

 そして彼は瞳を閉じ、もう二度と開かなかった。



(12.10.27)

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