女と寝た後はいつも眠れなかった。 そんなときは時間を無為に過ごすしかない。薄暗い闇の中ただ一人で様々なことを考える。国政のこととか、朝食のこととか 、色々だ。でも、すぐ隣で眠る女のことを考えたことは一度もなかった。 やがて時間が訪れるとユーリは起き上がって散らばった衣服を身につけ始める。 物音で女が目を覚ます。 「……もう行ってしまうの?」 「ああ、迎えが来る」 女に目をくれず淡々とボタンをとめた。 「今度はいつ来てくださるの?」 女は着替えを終えたユーリの服の裾を掴み、甘える声で訊いた。ユーリは振り返り、微笑んでみせる。 「わからない。でもまた連絡するから」 女は一瞬不満げな表情を見せたがすぐにうなずいてくれた。 「わかったわ。では、また今度」 「ああ、またな」 そうして、二人は叶うかわからない再会を約束して別れる。 まだ夜が明けない外へ出ると、扉のすぐ側にコンラッドが腕を組んで立っていた。まるでずっとここにいましたよという顔を している。毎度のことだが彼はいつからいるんだろう。寒い季節だというのに。 「……お疲れ」 「あちらに馬車を用意してあります」 「うん」 馬車に乗り込み、二人で向かい合って座った。コンラッドは何も言わない。いつもと変わらず微笑んでいる。 おかしいだろう、こんな奴。 ユーリは浮気をしたのだ。なのに、コンラッドはその現場へ何食わぬ顔で迎えに来る。もう何度も。 二人が付き合ってもう数十年になる。 長い時間を一緒にすごしているのに、ユーリは一度もコンラッドに怒られたことがない。それこそ浮気をしたって。何をして もただにこにこ笑ってユーリの側にいるのだ。 小さくため息をつき、コンラッドから視線を外した。徐々に白む景色を流し見る。 そういえば最近は馬車ばかりだ。馬に乗る機会が減っているかもしれない。昔はよく馬に乗った。コンラッドに教えてもらい ながら乗るのは楽しかったな。一緒にタンデムもしたっけ。あれはまだ付き合う前だ。落ちないようにコンラッドへぎゅっとし がみつけるのをうれしく思っていた。 懐かしい、そんな光景を思い出しながらユーリは目を閉じる。城につくまでのわずかな時間でも睡眠を取り戻すのだ。 女から手紙が届いた。 だが、それがこの前寝た女からかどうかユーリにはわからなかった。そもそも名前を覚えていない。顔も思い出せるかわから ない。 女への愛情などなかった。愛情は、国と、もう一人へ注ぐので精一杯だ。 本当は浮気など性に合わない。自分でもよくわかっている。 なのに、何故するかといえば、それは賭けだからだ。 試したくなったのだ。 初めはリスクの少ないところから。メイドさんへ無駄に愛想を振りまいてみるとか、舞踏会で一緒に踊った令嬢へ色目を使っ てみたりした。でも、彼は変わらなかった。 コイン一枚じゃ落とせないとわかるとじゃあもう少しだけと金を継ぎ足す。それでもダメならとまた金を足す。どんどん金額 は膨らんでいって、やがては感覚が麻痺してしまう。 ユーリが他の女とセックスしたとわかっても、コンラッドは微笑んでユーリの側にいた。 「では、いつもの時間にお迎えにあがりますね」 女のところへ行くと告げてもコンラッドはやっぱり変わらなかった。にこっと笑ってみせもする。 そろそろ我慢の限界だった。かっとなりやすかった昔の自分にしてはよく耐えた方だと思いつつ、ユーリは足を組みコンラッ ドを睨んだ。 「あんたさ、不安になったりしないわけ?」 「不安? 何がですか?」 コンラッドはきょとんとした顔で問い返してきた。 「だから、おれがこう……浮気、とかしてるってわかってるんだろう?」 ユーリが若干の言い難さを感じつつ訊くと、コンラッドはなんだという顔をした。 「そんなこと。俺にはあなたを止める権利なんてありません。あなたが望むなら誰と寝ようとかまいはしませんよ」 それに、とどこか楽しげにコンラッドは付け加える。 「最終的にあなたは俺のところへ戻ってきてくれると信じていますから」 自信たっぷりなコンラッドにユーリは言葉を失う。 「なんで……」 どうしてそんなに動じずにいられるのだろう。ユーリは付き合ったときから、いや、好きになったときから余裕なんてちっと もないというのに。 「おれは不安だよ。いつあんたがおれから離れてしまうか心配で仕方ない」 「俺があなたから離れるはずがないじゃないですか」 「だって、おれが離れようとしても、あんたは追いかけるそぶりもみせない」 まるでそれは求められないかのようで嫌だった。そんなふうに考えてしまう卑屈な自分も嫌だった。 「あのな、おれ、あんたに妬いてもらいたかったんだ」 ため息とともに吐き出すと、コンラッドはゆるく首を横に振った。 「妬いたりなど、俺には無縁の感情ですから無理ですね」 「なんだよ。あんたは嫉妬とかしない聖人君子かなんかなわけ?」 「あなたが一番に俺を愛してくれてると知っているからですよ。嫉妬する対象がありません」 こともなげにコンラッドは言ってくれた。 まったくこの男は……。 ユーリは立ち上がり、目の前の男に抱きつく。 「おっと」 抱きとめてくれたコンラッドの匂いを嗅ぎながらユーリは言う。 「女のとこへは行かない」 「そうですか」 「あんたはもう二度と迎えに来る必要はないよ」 「はい」 結局、ユーリは賭けに負けたのだ。妬いてくれないとわかっているのに不毛な浮気を続ける必要はない。これからは執務中に 眠くなることもないだろう、一番安心できるひとの隣でしか寝ないのだから。 いつも変わらぬコンラッドと同じように、ただただ彼を愛せればいいと思った。
Thanks 8787hit! 遠野さまのリクエスト『大人陛下で両想い』
(11.12.28) |