春を売るお仕事


 おれは春を売っている。
 色を売ることを草木が芽吹く季節に例えたのは誰なのだろう。春はいい季節だ。暖かくなれば氷が解け、花は咲きほころぶ。誰もが待ち焦がれる季節。まあ、おれが一番好きな季節は夏だけども。
 気がついたら男に抱かれるのが好きだった。誘いの手も多かった。だから、求められるままにおれは身体を売るようになった。
 春はまた夢であると思う。一夜限りの夢だが、夢は夢に違いない。ひとに夢を与える仕事をしてるのだ。とても子どもには自慢できないけど。
 あまり大きな声で言える仕事ではないが、辛いと感じたことはなく、それなりに楽しんでやってきたのだ。
 なのに、ふとしたきっかけで出会ったこの男は、
「こんなことやめてください」
 怒っているというよりは諭すような口調でそう言った。
 おれは脱ぎかけていた手を止め、小さく首をかしげる。
「何が駄目なの? だって、こういう職業についてる奴がいなきゃ困るじゃん。悪いことしてるわけじゃないからいいじゃん」
 風俗やAVなんかがなければ犯罪に走る奴だって多いだろう。
「それでも、体を切り売りしているみたいで、俺は歓迎出来ません」
 男はまるで自分が傷つけられたみたいに顔をしかめた。なんでだろう、おれはぜんぜん苦しくなんてないのに。
「他人が一生懸命働いているのに、それを否定するの?」
「違う、そうじゃない。あなた以外だったら何とも思わないんですよ!」
 突如激しくなった言葉尻におれはぽかんとする。
「……どういう意味?」
「そのままの意味です。少しくらい分かるでしょう、あなたも考えれば」
 とぼけてみせるとため息を吐かれた。
「んー、わかるけどさ。でも、ちゃんと言ってよ」
「言ったら……やめてくれますか?」
 こっそりと窺うような言葉とともに頬を撫でられる。おれもその手に顔を擦り寄せた。気持ちいい。
「やめたらどうすればいい? あんたが養ってくれるの? でも、おれはこれが生きがいだったからやめたら腑抜けになっちゃうかも」
 甘えながらもおれは質問には直接答えず、問い返した。
「あなたはまだ若いんですから、他にも生きがいは見つけられますよ。もし腑抜けになったとしても、その時は俺の為だったって事で諦めて下さい」
 男もまたおれの質問にちゃんと答えてくれなかった。
「あんた専属になれってこと?」
「専属……俺を、客として扱うというのですか?」
 男はあきらかに不服そうだ。
「専属っていうか、身請けみたいなもんかなって」
 だって、おれの残りの人生を買うようなもんだろう?
「……何でも構いませんよ、あなたが他のどこにも行かないなら。あなたの春を俺にください」
 おれは返事をする代わりに男の胸へ身を預けた。



2012/5/4のコンユプチにて配布したペーパー再録。
遠野さんとtwitterでやり取りした結果生まれた産物。

(12.10.06)

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