とあるコンビニエンスストアでの出来事


おれの通うコンビニには変な店員がいる。
名前はウェラーさん。名札に書いてあるから間違いない。名前の通り、日本人らしかぬ顔立ちをしている。外国人にしては地味めな印象だけど、すっきりした印象の男前だ。背も高くて、うちの草野球チームに入ってくれないかなと思うくらいには良い体格をしている。
まあ、見た目はいいんだよ、どうでも。問題は行動だ。
最初に気づいた違和感は、お釣りを渡されるときだ。受けとめるために差し出した手をぎゅっと握られた。初めは気のせいかなと思ったから気にしなかったけど二回三回と続けば気になってくる。思わず顔をあげて相手をまじまじと見たら、…ウインクをされた。男前がウインクをすると様になるなと感心している場合じゃない。背筋がぞわっとした。
他の客にもこんなことをしているのかと観察してみたけど、まったくそんなことはなかった。実に淡々とレジを打っている。
─何で俺だけ?
正直気持ち悪いのでレジが二人以上いるときはウェラーさんのところに並ばないようにすることにした。けれど、隣のレジから熱い視線を受ける羽目になり、なかなかに落ち着かない。
この前、レジが一人しかいなくて仕方なくウェラーさんのところに並んだら、オマケをもらった。…コンビニでオマケなんて聞いたことがない。いらないと辞退したんだけど無理に押し付けられた。オマケはプロ野球チップスだった。いつもおれが買うのを見ていたのだろうか。カードを開けたら贔屓チームのレアカードがでた。ラッキー、と言っていいのかよくわからない。

そんなことが数ヶ月続いたある日、事件が起こった。

その日、おれは翌日に飲む牛乳がないことに気づき、仕方なく深夜のコンビニに出掛けた。
店に入るとよりにもよって店員は例のウェラーさんしかいない。おれを見るとやけにうれしそうにニコニコ笑っていやがる。他の客も誰もいなかった。これは気まずい。
さっさと買い物を済まして帰ろうと棚から牛乳1リットルパックを手に取ったとき、大声が店内に響いた。
「う、動くなぁ!」
はい?
んな、急に動くなと言われても動いてしまうに決まっている。おれは声がした方を振り返った。
そこにいたのは、よくテレビで見掛けるような強盗ルックそのままの男だった。全身黒ずくめ。頭には目と口のところだけ穴の空いた帽子をかぶっている。あの帽子、マジで市販されているんだなとか微妙な感動をしている場合じゃない。
男は拳銃をレジにいるウェラーさんに向けている。これはあれだ、どこからどう見てもコンビニ強盗ではないか。
ど、どうしよう、こういうとき善良な一般市民は何をすればいいのだろう。考えてはみるものの、ただ焦りが募るばかりで足がすくむ。
しかし、ウェラーさんは冷静だった。
「わかった、要求はすべてのもう。だが、その前に、そこの彼は解放して欲しい。彼はただ買い物に来ただけなのだから」
そう言っておれを指した。
─な、なんて、いいやつなんだろう。彼は店員の鏡だ。変なやつとか思っていて悪かった。
そう感動していると、強盗がつかつかとおれの方へ寄ってきた。
「うるせえ! ごちゃごちゃ言うんじゃねぇ! いいからさっさと要求を聞きやがれ!」
ちょっ、逆上してやがる。
強盗はおれの襟首を掴んでおれの頭に拳銃を押し当てた。
…この拳銃ってやっぱり本物なんデスカね?
「渋谷くん!」
─はい?
名前を呼ばれたと思った、その後は一瞬だった。
ウェラーさんは手刀で強盗の手から拳銃を落とすと、あっというまにのしてしまったのだ。
なんだ、これ。ウェラーさん強い。超強い。
「大丈夫ですか?」
息一つ乱していないウェラーさんに訊ねられる。
「は、はい」
おれは牛乳パックを抱えたまま、ただこくこくと頷いた。
「よかった。渋谷くん、貴方が無事でよかった」
ここでふと疑問が生じる。
「…あんた、何でおれの名前を知ってんの?」
「え、あ、いや…。貴方のご友人が話しているのを聞いていて…」
気まずそうに視線をそらした、と思ったら、今度は意志が強そうな瞳をしっかりこちらに向けてきた。このとき初めて彼の虹彩が独特の色をしていることに気づいた。
「あの、貴方が好きなんです」
「はあ!?」
何を言ってるんだ、こいつは。
「…おれ、男なんだけど?」
「ええ、そう見えます」
「…あんた、男だよな?」
「ええ、そう見えませんか?」
「…ミエマス」
つまり、なんだ。こいつは、男として男であるおれが好きだと?
「…はあ?」
「…いけませんか?」
「あ、いや…いけなくはないけどさ…」
まあ、恋愛は自由だとは思うし、だけど、それが自分へ向くとなると話は別なような…。
「すみません、一目惚れで…」
「…はあ」
「貴方にアピールしたい一心で不可解な行動をとってしまいました。気持ち悪かったですか?」
「あ、いや、まあ…」
正直かなり気持ち悪かったデス。
「でも、貴方もこのコンビニに来るのをやめないから脈があるのかと…」
「あ、」
そっか。コンビニを変えればよかったんじゃん。今、初めて気づいたよ。おれって頭わりぃな。
「あの、よかったらフルネームを伺っても?」
「あ、渋谷有利原宿…はどうでもよくて」
ていうか、なんで教えちゃってるんだよ、おれ!
「ユーリ…! いい名前だ!」
「はあ、どうも…?」
そんな会話をのした犯人の上で行った。
その後、なし崩しにお付き合いすることになることをおれはまだ知らない。




すみません、すみません、すみません。
(10.08.24)

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