空気を引き裂くような激しい泣き声にコンラートは料理をする手を止めた。 慌ててリビングに駆け込めば、小さな手から血を流している赤ん坊とその赤ん坊を毛を逆立てて威嚇している猫がいた。それだけで何が起きたのか理解できる。 無理やり手を出して猫に怒られたのだろう。 「ユーリ」 名前を呼び、急いで抱き上げる。しかし、赤ん坊が泣きやむことはなかった。むしろ、人の体温に安心したのかますます声を張り上げて泣く。 「ああユーリ。もう大丈夫ですよ」 猫は怒りの対象が目の前からいなくなったからか、ふいと顔を背けリビングから出て行ってしまった。 「ほら、猫さんはもういなくなりましたから」 そうは言ってもなかなか恐怖と痛みは引かないのだろう。赤ん坊はコンラートにしがみついてますます泣く。 「しつこくしたユーリが悪いんですよ。猫さん嫌がってたでしょう?」 猫に悪気はないのだ。こうして怪我をして手加減を覚えていくしかないだろう。 だが、柔らかい肌についたひっかき傷は痛ましい。ちゃんと彼を見ていなかった自分にコンラートは怒りを感じた。 抱っこしてひたすらなだめ続けていると赤ん坊も落ち着いてきたようだ。泣き声はやみ鼻をすすりながらも「あー」「うー」と可愛らしい声をだしている。 そんな愛らしい姿を見ながら、コンラートは覚悟を決めた。 「辛いのはわかるけど…やらないわけにはいかないですからね」 コンラートは赤ん坊をふかふかのクッションの上に降ろすと薬箱を開けた。中から白地に青い文字の容器を取り出す。 赤ん坊は邪気のない瞳でコンラートを見上げてくる。 「ユーリ、少しだけ我慢してくださいね」 「うー?」 小さな手を取り容器から透明の液体を傷へと塗る。途端、赤ん坊は再び泣き声をあげた。消毒液がしみたのだろう。 「ごめんねユーリ。でも消毒しないとばい菌が入ってしまうんですよ」 清潔なガーゼをあてがってから赤ん坊を抱き寄せると、赤ん坊はコンラートの服を掴み腹に顔をうずめていやいやするように涙を擦り付けてきた。 「もう大丈夫。大丈夫ですから。泣かないで、ね?」 ぽんぽんと小さな背中を優しく叩く。 やがて泣き声は次第に小さくなり静かな寝息へと変わっていった。
江路さんの赤子イラストにインスパイアされて。
(11.04.24) |