持ち物には名前を書きましょう


 とてとてと小さな足音が背後で止まった。そのすぐ後、「どーんっ」と声をあげながら愛らしく背中にぶつかってきた衝撃に、コンラートはクスクス笑いながら尋ねた。
「ユーリ、どうしたんですか?」
 さっきまで一人遊びに夢中になっていたから今のうちに雑多なことを片付けてしまおうと思っていたのだが、どうやらあきてしまったらしい。まだ小さな彼はコンラートの正面にまわると、大きな黒い瞳をきらきらさせ、少しはにかみながら要望を口にした。
「んっとね、きゃっちぼーるしたいなって」
 もちろん、コンラートがユーリの希望を断るわけなどない。
「いいですよ。でも、少しだけ待ってもらっていいかな、これだけ片付けちゃいたいから」
「うん! こんらっどはなにしてるの?」
「この前、ユーリの新しいおもちゃや服を買ったでしょう。だから、名前を書いているんです」
「おなまえ?」
「そうです。間違えて誰かに持っていかれることがないように、ちゃんとユーリのものだってわかるようにね」
「ふうん……」
「はい、おしまい。って、ユーリ?」
 おもちゃに名前を書いているのをじっと見つめていたユーリは、コンラートがキャップをしめようとしたペンをむんずと掴んだ。
「お絵描きがしたいの? だったらクレヨンをだしますよ。それは油性ペンで消えないから、」
「きえないほーがいいのっ!」
「って、ユーリ!?」
 ペンを握ったユーリは、止める間もなくコンラートの頬に何か書き始めた。ペンの感触を皮膚に感じながらもコンラートは何もできず、書き終えたユーリが満足そうに笑うのを見てもやはり何も言えなかった。
「あのね、こんらっどはゆーちゃんのだから、どっかいかないようにおなまえかいたよ!」
 近くにあった鏡で確認すると確かに『ゆうり』と力強く書いてあった。『う』と『り』はともかく『ゆ』はかなりぐるぐるしていたが。
「……名前なんて書かなくたって、俺はユーリのものですよ。それに、もしどこか遠くに行くことがあっても、俺はおもちゃと違ってちゃんとユーリのもとへ帰ってきますよ」
 けれど、こうやってユーリのものだと主張されるのは、こそばゆいながらもうれしいものだなと、コンラートはユーリを抱き寄せながら微笑んだ。


 後日、ユーリの名前を消えないよう刺青で彫るか真剣に悩み、長男に全力で止められている男の姿があったとか。




2013/3/17の春コミペーパーにする予定だったもの。

(13.03.25)

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