やさしく愛して


「あんたなんでそんな顔してんの?」
 歌い終えたユーリは、隣で横になっている男を見るなりそう言ってしまった。せっかく、ひとが気恥ずかしいながらも歌い上げたというのに、なんとも複雑な表情をしていたからだ。
「そんなに下手だった? でも、あんたが言ったんだからな。子守唄を歌って欲しいって」



 ユーリの誕生日がイコール名付け親記念日となってから、ユーリは毎年欠かさずコンラッドに欲しいものはないか訊ねた。けれど、コンラッドは「あなたがいてくれるだけでいいんです」などと言って決して答えてくれようとはせず、いつもいつの間にかはぐらかされてしまうのだ。仕方なく自分で選んだものを贈ってみたりしてはいるものの、いつかコンラッドに欲しいものを言わせることがユーリの中で密かな目標になっていた。
 あるとき、ユーリは自室でわずかに色褪せた紙をみつけた。カードサイズのそれには拙い字で『お手伝い券』と書いてある――愛娘であるグレタがまだ幼い頃、ユーリが子どものときに母親へお手伝い券をあげたらとても喜んだという話を聞いてくれたものだった。ユーリはいたく感動し、もったいなくて使えずとっておいたのだ。そんな暖かな思い出がよみがえる中、ユーリはふと思いついたのだ。これは使えると。

 ユーリは誕生日の前夜、コンラッドの部屋へ押しかけ思いついたプレゼントを渡した。本当は当日に渡すべきなのだが、魔王陛下の降誕祭となると式典などなんだので忙しいため仕方がない。
「……なんでも言うことをきいてやる券、ですか」
 コンラッドは戸惑いながら券の名前を読み上げた。ユーリは何やら自信満々な顔をしている。
「ええと、ありがとうございます。では、大切にとって……」
「だめだ」
「え?」
「使用期限は今年の7月29日。つまり明日までだ」
 そんな券をもらったところでコンラッドがユーリと同じように使わないことは予想できた。だから、期限を設けた。使用期限が過ぎれば、券はただの紙切れになってしまう。
「おれがくれたものを使わないなんてことはないよな?」
 言ってしまえばただの脅しだ。どちらかと言えば命令に近いかもしれない。だが命令ではプレゼントにならないので、まあこういうのは形式が大事なのだ。
「じゃあ、明日いっぱいまでに考えといて」
「待ってください」
 黙りこんでしまった名付け親に就寝の挨拶をして部屋を去ろうとしたとき、呼び止められた。
「え、なに?」
 コンラッドはためらう様子をみせながら口を開いた。
「……あの、子守唄を歌ってくれませんか?」

 予想外のお願いにユーリは困惑した。正直、歌はあまり得意ではない。音楽の成績もいまいちだった。そもそもレパートリーが球団応援歌くらいしかない。だが、ようやくコンラッドから聞き出したリクエストなのだ。叶えないわけにはいかなかった。
 腹を括ったユーリはコンラッドをベッドに追いやり、横たわる彼の隣に腰を下ろした。そして、思い切り息を吸い込み、歌いだした。



 コンラッドは、複雑な表情をしていた。思い悩んでいるというか後ろめたそうというか、渋く、そして彼にしては珍しくどこか恥ずかしそうだった。
「……どうして、その歌なんですか」
 しばらく無言だった彼がようやく口を開いた。問われたユーリは首をかしげる。
「どうしてって……あれ、どうしてだろう」
 球団応援歌はさすがにないよなと思いつつ、ふと口からでたのがこの歌だったのだ。考えてみれば子守唄ではなかった。英語の歌で、歌詞もあやふやにしか覚えていないためごまかしつつ歌ったが、熱烈な愛の唄だというのはわかる。
「なんか昔から歌っちゃうんだよなー、鼻歌とかでさ」
 なんでだろうとユーリが考え込んでいるといつの間にかコンラッドは表情を緩ませていた。
「そういえば、前に母からあなたがその曲を歌っていたから俺と間違えてしまったと聞いたことがあります」
「あー、ツェリ様。あったな、風呂場で。って、あれ、あんたもこの歌を知ってんの?」
「はい、地球へ行ったときに覚えました」
「そっか、アメリカで」
「ええ」
「あ、じゃあおれもアメリカで覚えたのかな、赤ん坊の頃にさ」
「……そうかもしれませんね」
 また曖昧な表情をしている男を見下ろしながら、ユーリは少し不安げに訊ねる。
「でさ、結局あんたは満足してくれた? 別の歌のほうがいい?」
「いえ、とんでもない! 満足です。大満足です。……俺は本当に幸せな男です」
 慌てて答えたコンラッドが付け加えた言葉にユーリは面食らってしまった。彼はしみじみと心の底からそう思っているとわかる声色で言ったのだ。
「……大げさだな、コンラッドは」
 あきれてため息をついたユーリに彼は小さく首を振った。
「いいえ、大げさなんかじゃない。あなたが生まれて俺は幸せになったんだ。本当に夢みたいなんです」
 コンラッドの言葉が歌詞になぞらえた言葉だとユーリは気づく。そして、その曲名を思い出し、ユーリは自分がそれを歌ったことと彼がそれを言う意味にはたと照れくさくなってしまった。決まり悪く視線をさ迷わせると手首につけているGショックに目が行った。いつの間にか日付が変わっている。
「あなたが生まれてきてくれて本当にうれしい。ハッピーバースデイ、ユーリ」




一日早いけどユーリ陛下ハピバ&名付け親記念日おめです。
(12.07.28)

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