ハッピーバースデーの時間


真夜中の部屋に控えめなノッカーの音が響いた。
それだけでこの部屋の主には誰が来たかわかってしまう。
こんな時間に訪れるのは一人しかいない。何よりも外から伝わるわずかな気配がそうだと言っていた。
カウチから立ち上がって扉を開ける。廊下には申し訳なさそうな顔をした魔王陛下がたたずんでいた。
「どうされましたか、陛下」
「陛下って呼ぶなよ、名付け親」
コンラッドが声を掛けると毎度おなじみの台詞が返ってくる。
「すみません、ユーリ」
「……いつもと同じだよ。ヴォルフの寝相が相変わらずでベッドから落とされたんだ」
「それはそれは……弟がいつもすみません」
「コンラッドに謝ってもらう必要はないよ。……なあ、今夜も、えっと、いいかな?」
「もちろん。さあ、どうぞ」
ユーリは申し訳なさそうに上目遣いでコンラッドを見る。そんなユーリをコンラッドは微笑んで部屋の中へうながした。
「へへっ、ありがとうな、コンラッド!」
「いいえ。俺の部屋へ来てくださって光栄ですよ」
寝台にユーリが寝ることができるスペースがコンラッドによって作られた。二人は並んで布団に入る。
「さ、明日は式典などで忙しいですからね。早く寝てください」
「うん……」
コンラッドは子どもにするように布団の上からぽんぽんとユーリの胸を叩いた。けれど、ユーリは眼をつむる様子もなく、どこかそわそわとしている。
「ユーリ? どうかしましたか?」
「んー、待って、もうちょっと……」
「はあ……」
ユーリはどこか一点をしきりに気にしているようだった。コンラッドはユーリの視線の先を探り、あるものを見つけた。そして、一つの可能性に気づき、口元を緩めた。
ユーリの視線の先にあるものーー時計の針が同じ数字にすべて揃った。
コンラッドは口を開こうとするユーリを制して言った。
「ハッピーバースデー、ユーリ」
「あ……」
耳元でささやかれた言葉にユーリは顔を赤くし、それからむうっと頬をふくらました。
「ずるい。おれの方が先に言おうと思ったのに!」
「すみません」
「えっと、コンラッド」
ユーリはコンラッドの瞳をまっすぐ見つめて言う。
「名付け親記念日おめでとう。おれに名前をつけてくれてありがとう。それから誕生日を祝ってくれて……ありがとう」
飾らないが誠実なユーリの言葉にコンラッドは頬を緩める。
「ええ、ありがとうございます。一番に言おうと思ってくれたんですね」
「そうだよ、7月29日になった途端に言いたかったんだ。なのに、あんたが先に言っちゃうし」
「すみません。俺も一番に言いたくて」
コンラッドは横になったまま、ユーリの髪を撫でた。
「あなたが生まれてきてくれて本当にうれしい」
銀の星が光る瞳に見つめられ、ユーリはどこかもどかしい気持ちになる。
「なんだよ、おれだって、おれだって……コンラッドに会えてうれしいと言うか、その……」
「ええ、ありがとうございます」
コンラッドに微笑まれ、ユーリはもじもじと布団に潜ってしまった。そんなユーリを見てコンラッドはクスクスと笑う。
「さ、そろそろ本当に寝ないと。式典中に居眠りをしたら大変ですよ」
「んー……、あのさ、おれ本当にうれしいんだ。その、コンラッドに一番最初に祝ってもらえて……」
「ええ、俺も一番最初にあなたを祝えることができてよかった」
「うん……ありがとな……コンラッド」
「はい、ユーリ」
うつら、うつら、まどろみ、夢の世界へ入っていくユーリの額にコンラッドは唇を一つ落とした。




ユーリ陛下、お誕生日おめでとうございます!
(11.07.29)

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