犬になりたい


 微かな気配を感じ、扉を開ける。廊下には思ったとおり、申し訳なさそうにたたずむユーリの姿があった。
「またヴォルフラムが?」
「そうなんだよー! あいつの寝相、いい加減にどうにかならないもんかな」
「赤ん坊の頃からああだったから無理じゃないかな」
「やっぱ、そっかぁ……」
 何度となく繰り返した会話をしながら、彼を部屋に招き入れる。
 最初はノックもないのに扉を開ける俺に驚いていたユーリだが、今はもう慣れっこになってしまったようだ。彼は当然のようにベッドに腰掛け、バネを軋ませた。
「だからさ、悪いけど今日も泊めてよ」
 済まなそうに首を傾げる彼にもちろんとうなずく。
「ヴォルフのおかげで俺はいつも役得です」
「はあ? どこがぁ?」
 本音を言ってみても、ユーリは取り合わない。
 ヴォルフラムのせいで彼が自室を追い出されたとしても、俺と一緒のベッドで寝る必要なんてないのだ。部屋などあり余っているのだからそこへ案内すればいいし、俺の部屋だとしても(ユーリは遠慮するだろうが)彼にベッドを譲り、俺はソファで寝ればいい。本来、王と臣下はそうあるべきなのだから。
 なのに、ユーリが疑問を抱かないことをこれ幸いと、俺は彼の隣で寝る権利を得ている。ユーリが俺を信じてくれているからこその特権だ。感謝しても足りないくらいのもので、決して失いたくないと思っている。
 けれど、彼から寄せられるこの全幅の信頼がときたま憎くてたまらなくなるのだ。
 既にベッドで横になったユーリの隣に腰をおろし、美しい漆黒の髪を梳く。くすぐったそうに笑った彼は、無邪気に俺を見上げた。
「なんかさ、最近コンラッドのとこで寝てばかりいるせいかヴォルフがいなくても自分のベッドだと落ち着かなくて。変だよな、自分の部屋なのに。でも、やっぱり、この部屋が一番落ち着くんだよなぁ」
 見つめてくる瞳はきらきらと輝いていて、俺には眩しすぎた。
「そんなふうに安心してはいけないですよ」
「コンラッド?」
 シーツにこぼれた黒髪の横に両手をついて彼を見下ろした。未発達で小さな身体。鍛えていると彼は言うけど、俺なら簡単にねじ伏せてしまえるだろう。
「俺が、あなたに危害を加えないだなんて、どうしてそんなことが言えるんですか?」
 頼られるのをうれしいと思う反面、その信頼を裏切り、絶望に歪む彼の顔をみたいとも思っている。もがき逃げようとする彼を押さえつけ、清らかな喉元に噛みつきたい。純粋な彼をぐちゃぐちゃに汚してしまえたらどんなにいいだろうと、守るべき彼を後ろでそんなことを考えているのだ。
 ユーリは大きな瞳でパチパチと瞬きをしたあと、力強く笑った。
「コンラッドはそんなことしないよ。絶対にしない」
 ――ああ、なんて、
 冷酷だった顔がくしゃっと歪むのがわかった。憎くも感じる彼の信頼は、やはり俺の胸を暖かくする。
 ユーリの言うとおりなのだ。どんなにひどく想っていても、俺はユーリを傷つけることなんてできない。ユーリに嫌われるのが何よりも怖いから。
 臆病な俺はただ素直に愛を伝えることもできない。
 両手から力を抜いた。彼の肩に顔を埋める。
「ちょっ、なに、コンラッド! 重いってば!」
「……疲れて、しまいました」
「はあ?」
 疲れたなら早く寝ろとユーリは俺の背中を両手でぽんぽんと叩いた。無防備な彼の横で寝ることがどんなにつらいかなんて知ろうともしないくせに。
 いつかくるはずの変化を夢みながら、今日も俺は彼の隣で眠るのだ。




Thanks 10000hit! なつみさまのリクエスト『付き合う前、次男の思いに気づかない陛下にせつない思いをする次男』
素敵なリクエストをありがとうございました!

(12.09.21)

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